ほっぺこちゃんは4歳。お父さんは、ほっぺこちゃんが大好きです。大好きなあまり、ほっぺこちゃんが保育園に行くときにはかならず泣きます。
それで奥さんに怒られます。
「あんたいいかげんにしなさいよ」
「だって」
「だってじゃねー。はよ、会社いけ」
「ついてく」
「だめです」
「ほっぺこちゃん…」
「だめ」
それでお父さんは知り合いの博士にたのんで、透明人間になる薬をもらってきました。透明になって、ほっぺこちゃんについていくことにしたのです。
ほっぺこちゃんの園は「わやわやハウス」といいます。街のはずれにあって、後ろには原っぱがひろがり、子どもたちがいつでもわやわや遊んでいます。
お父さんは驚きました。
「なんだこれ…遊んでばっかりじゃん」
確かにほっぺこちゃんたちは遊んでいます。何をして遊んでいるのでしょう。
ほっぺこちゃんはトナカイになっています。仲良しのともちゃんがトナカイに紐をつけてひっぱります。
「はいどう、はいどう」
「・・・」ほっぺこちゃんは何も言いません。だって、トナカイがどんなふうに鳴くか聞いたことがないからです。
ほっぺこちゃんは鼻をほじっています。右手の人差し指で、左の鼻の穴を。
ほじりながら、つぶやきました。
「こっち(右の穴)はだめ。きょうのあさ、ほじってたら、血がでたから」
ほっぺこちゃんと、ともちゃんは今度は雀になりました。キウイの棚にのぼって「ぴいぴいぴい!」と大きな声で鳴いています。
「ここ、すずめのおうちなのね」
「うん、うそっこでね」
「ぴいぴいぴい!」
雀は餌を取りに行きます。草原で草をつまんで、口にくわえます。
「これ、ミミズなのね」
「うん、うそっこでね」
ところが家に帰ってきてみると、男の子たちがキウイの棚に登っていました。ほっぺこちゃんは叫びました。
「ここ、すずめのおうちなんだよ!すずめじゃないひと、たちいりきんし」
ほっぺこちゃんは靴を投げます。木に向かって高く高く。靴は枝にひっかかります。ひっかからないで、落ちてくるときもあります。木のむこうがわへとびこえていくときもあります。うまく枝にひっかかると、もう一方の靴を投げます。靴は枝に引っかかったり、落ちたり、むこうへとびこえたり。枝にひっかかっている靴にあたると、靴がふたつ落ちてきます。靴が落ちてくると、ほっぺこちゃんはぴょんぴょん跳ねます。
お父さんはまわりの子にも聞いてみることにしました。もちろん透明なので姿は見えませんが、それでもみんなは答えてくれました。
「何してるの」お父さんが聞きました。
「ウルトラマンごっこだ。トォー!」ゆうくんが答えました。
「何してるの」
「へへへ…」このちゃんは笑っただけでした。
「何してるの」
「むしみてるの」ゆうたんと、はーちんがゾウムシをつまみながら言いました。
「何してるの」
「あちゃめちゃ、あちゃめちゃ、はしりまわってんの」こうきが答えました。
そのうちに透明になる薬の効き目がきれたので、お父さんは木の後ろに隠れました。
にょろにょろさんが歩いてきて、お父さんを見つけました。
「やあ、ほっぺこちゃんのお父さんじゃないですか」
にょろにょろさんは、わやわやハウスの保育者です。
「あの…この子達、遊んでばっかりですけどいいんですか」
お父さんは聞きました。
「子どもの暮らしも学びも遊びも、どれも分けられませんて」
そう言うと、にょろにょろさんは歌いながら歩いていってしまいました。
「遊びをせんとや生れけむ〜、戯れせんとや生れけん〜、遊ぶ子供の声きけば〜、我が身さえこそ動がるれ〜」
お父さんは首をかしげました。ほっぺこちゃんが楽しそうに笑い転げています。その笑い声を聞いていると、これでいいのかもしれないなとも思いました。
〜今回のことば〜
後白河法皇が編んだという「梁塵秘抄」の中の一節。「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」(意訳:遊ぶために生まれてきたの?戯れるために生まれてきたの?遊ぶ子どもたちの声に、わたしの身さえ揺り動かされる)。
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青山誠

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